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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)5840号 判決

原告

林一男

右訴訟代理人弁護士

戸谷茂樹

岸本由起子

被告

学校法人東洋学園

右代表者理事

小寺正成

右訴訟代理人弁護士

横清貴

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

竹林竜太郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、八五四万七〇八四円及びこれに対する平成九年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成九年六月一日以降毎月二五日限り六一万〇五〇六円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の設置する専修学校の教諭であった原告が、被告から同学校の期末試験の答案の採点を生徒にさせたこと等を理由に解雇の意思表示を受けたため、右解雇には解雇事由がなく解雇権の濫用であり、また、原告の組合活動を嫌悪した不当労働行為であるから無効である旨主張して、雇用契約上の地位確認及び賃金の支払を求める事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

1  当事者

(一) 被告は、教育基本法及び学校教育法に従い高等学校及び専修学校を設置することを目的とし、昭和三〇年に設立された学校法人であって、原告が勤務する東洋家政高等専修学校(以下「本件学校」という)の他に長尾谷高等学校、東洋ファッションデザイン専門学校、東洋きもの専門学校、近畿情報高等専修学校、ユービックコンピューター専門学校など六つの学校を設置し、その資産総額は登記簿上、一七億九二一七万七四〇六円である。

(二) 被告の設置する本件学校は、被告の理事長である小寺正成(以下「理事長」という)の妻で、被告の理事でもある小寺従子(以下「校長」という)が校長を務め、昭和五〇年に学校教育法第四五条の二による技能教育のための施設として認可されたが、同時に本件学校には普通高校の教科・科目を履修する三年制の高等課程が併設されており、専修課程のコースとして「ファッション(洋裁)」「和裁」「ビジネス」「デザイン」の四コースがある。本件学校は、中学校を卒業した女子の進学受け入れ校で、生徒数は、平成七年度で、一年生が五クラス一六九名、二年生が五クラス一六四名、三年生が七クラス一九六名である。

教育職員は平成七年五月一日時点で専任が二八名、講師が二八名である。

(三) 原告は、昭和四六年三月、神戸学院大学法学部を卒業し、昭和五一年三月、神戸学院大学院法学研究科修士課程を修了し、社会科中学一級、同高校一級の教員免許を取得している。

原告は昭和五一年四月から昭和五三年三月まで大阪府立盾津高等学校の常勤講師として勤務し、昭和五三年四月から昭和五六年三月まで同校の非常勤講師として勤務した後、昭和五六年四月、被告の本件学校の教諭として採用され、主として社会科を担当する教師として勤務してきた。

2  本件解雇に至る経緯

(一) 和解書の作成

(1) 原告は、昭和六三年三月、一年六組(生徒数五二名)の担当をしており、担任・保護者・生徒の三者懇談で、単位不認定科目を持つ一二名の生徒の保護者に、「昭和六二年度・進級(成績)判定会議の結果について」(以下「通知書」という)を手渡した。同年五月下旬ころ、被告はこれを知り、他の点もあわせて原告に退職を求めた。その理由として、被告は次の三点を挙げた。〈1〉一年生の学年会および教務を通さず、原告が無断で学校名義の「通知書」を保護者、生徒に手渡したこと。〈2〉「通知書」の内容に教育的に不適当な内容が含まれていること(「第二年次での留年」という表現は、できるだけ進級させるという学校の方針を理解してもらえない可能性があり、不適当であること)。〈3〉「通知書」とは別件であるが、成績不良の生徒一名について、原告が判定会議の結果を生徒指導部に無断で、その生徒と保護者に知らせたこと。

(2) 原告は、被告の退職の求めに対し、一旦は年度末の退職を承諾したものの、その後、弁護士関与のもとでの被告との協議の結果、平成元年四月二四日に「和解書」のとおり、雇用を継続する合意をした。和解書の内容は次のとおりである(一部略)。

第一条 甲(学校法人東洋学園)は乙(原告)との間の雇用契約を次の条件で継続するものとする。

〈4〉 甲の指示及び職員会議の決議事項を誠実に遵守すること。

〈5〉 甲内部の事情をみだりに外部に公表・漏洩しないこと。

第二条 乙が前条の条件に違反し、雇用契約の継続が不適当と認められる場合には、甲は乙を解雇することができる。

(二) 労働組合の結成

平成五年三月、原告を含む本件学校の教職員二六名中八名が、大阪私学教職員組合(略称「大私教」。個人加盟の労働組合で職場ごとに分会を置くのを通例とする。以下「本件組合」という)に加入し、本件組合の東洋家政高等専修学校分会(以下「本件分会」という)を結成した。

原告は、本件分会結成時からの組合員であり、平成六年三月から平成九年三月まで本件分会の分会長を務めた。

3  解雇の意思表示

(一) 被告は、原告に対し、平成八年三月一九日付け内容証明郵便により即時解雇する旨の意思表示をし、解雇通知書は同月二〇日原告に到達した(以下「本件解雇」という)。

(二) 被告の就業規則には次の定めがある(一部略)。

第三一条 次の各号に該当するときは解雇することがある。

2 能率または勤務状態が著しく不良で就業に適さないと認めたとき。

3 その他業務上の都合によりやむをえない事由があるとき。

第三九条 次の各号の一に該当するときは、次条の規定により制裁を行う。

2 業務上の命令、指示に違反したとき。

10 学園の名誉を落し、信用を傷つけたとき。

12 全各号に準ずる程度の不都合な行為をしたとき。

第四〇条 制裁は、その情状により次の区分により行う。

4 懲戒解雇 予告の期間を設けることなく即時解雇する。この場合労働基準監督署長の認定を受けたときは、予告手当を支給しない。

(三) 本件解雇の事由は次のとおりである。

(1) 平成八年二月二七日、三学期の単位認定試験の答案を生徒に採点させたこと(以下「本件解雇事由(一)」という)

(2) 被告所有の不動産に一〇九億円もの根抵当権が設定されていると虚偽の事実を吹聴したこと(以下「本件解雇事由(二)」という)

本件解雇事由(一)は、被告の就業規則三一条二号、三号、三九条二号、一〇号、二一号及び前記和解書の第一条〈4〉、第二条に該当し、本件解雇事由(二)は、就業規則三九条一〇号、一二号、前記和解書第一条〈5〉、第二条に該当する。

4 原告の賃金

原告は、平成七年度において、被告から、一時金等を含めて七三二万六〇八〇円の賃金を受領した。

二  争点

1  解雇事由の有無

(一) 本件解雇事由(一)の有無(就業規則三一条二号、三号、三九条二号、一〇号、二一号及び和解書の第一条〈4〉該当性)

(二) 本件解雇事由(二)の有無(就業規則三九条一〇号、一二号及び和解書第一条〈5〉該当性)

2  解雇事由が認められる場合、本件解雇が解雇権の濫用にあたるか

3  本件解雇が不当労働行為として無効となるか

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(一)について

(一) 被告の主張

平成八年二月二七日、原告の担当科目である一年生の世界史Aの三学期単位認定学年末考査が実施され、五クラス約一五〇名が受験した。原告は、同日、職員室からすべての答案を持ち出し、三年五組の教室で三年生の生徒坂井なおみほか二名と雑談をしながら、右生徒らに答案用紙を見せて「この問題分かるか」などと質問しつつ、右考査の答案を採点していた。右採点中、原告は校内放送で職員室に呼び出され、次の日に予定されていた卒業式予行演習の会場である講堂の掃除が未了である指摘を受けたので、三年五組の教室に戻って、右生徒らに対し、採点を依頼し、全受験者の答案用紙を坂井なおみに手渡した。原告は、「内容が大体同じであればマルにしてよい」等と採点の要領を詳しく指示して、講堂へ向かった。

右学年末考査は、単位認定のための重要な試験であったが、答案用紙の改ざんのおそれがあったため、被告は試験全体を無効とせざるを得なかった。

本来教師が自ら責任をもって慎重に行うべき学年末の単位認定試験の採点を本件のように、教師が生徒らに依頼して採点行為を行わせることは教師としての重大な義務違反行為であり、教師としての適格性を疑わしめる行為である。従って、原告の行為は就業規則三一条二号、三号に該当する。また同規則七条一号は「担当職務または命令・指示された職務は真面目に責任をもって遂行すること」、同八号は「その他不都合な行為をしないこと」と規定しており、原告の右行為は、教師としての重大な義務違反行為であるから、同規則三九条二号にも該当する。さらに、生徒に採点させるような教師を雇用しているということになれば、保護者から学校全体に対して不信感と猜疑心を持たれることになり、被告の名誉・信用を傷つけることになるから、原告の右行為は、同規則三九条一〇号、一二号に該当することになる。さらに、右行為は和解書第一条〈4〉に違反する。

(二) 原告の主張

原告が坂井なおみほか二名の生徒に答案を採点させたことは事実であるが、これは原告から積極的に採点を依頼したのではなく、将来幼稚園の先生になることを希望していた生徒の一人から「私、一度テストの採点してみたいわあ」と言われ、原告は、そのような希望に応えてやりたい気持ちと、少しくらいならという気持ちで生徒に採点を許してしまった。原告としては、採点を任せてしまうつもりではなく、横について目の届くところで少しだけ作業させ(すでに相当部分は採点し終わっていた)、かつ後に再度採点(点検)をするつもりであったから、下調べをさせたにすぎない。ただ、予期しないことに、たまたま学校から講堂の掃除のために呼び出されたため、生徒達答案用紙を預けることになったのである。

2  争点1(二)について

(一) 被告の主張

原告は、平成六年六月一二日、卓球大会の会場において、富貫真次郎教諭(以下「富貫」という)に対し、被告の所有不動産に極度額一〇九億円の根抵当権が設定されていることを根拠に、一日のうち一億五〇〇〇万円の借り入れを四回も行っていることもあり、被告が経済的に破綻するかもしれないという趣旨の発言をした。原告は、一〇九億円の根抵当権について同額の債務があるとの誤解に基づいて本件学校の内外で吹聴し、被告が莫大な債務を負担している印象を与え、被告の名誉及び信用を毀損した。

被告は、原告の右発言等が、原告の誤解に基づくものであるとして、原告に全職員に報告してもらおうとしたが、原告は自らの誤解を認めようとしなかったため、右問題を巡って原・被告間で不信が強まり、教員のみならず、事務職員にまで大きな混乱と不信感を生じさせた。

このように、原告の右行為は、被告の名誉や信用にかかわる根抵当権や債務に関する虚偽の発言であり、被告の名誉や信用を傷つけるものであるから、就業規則三九条一〇号、一二号に該当し、和解書第一条〈5〉に違反する。

(二) 原告の主張

根抵当権に関する原告の発言は、「登記簿謄本にある根抵当権の極度額を単純に合計すると一〇九億円になる」というものであったのに、富貫が根抵当権についての知識不足から誤解したものにすぎないし、当時は本件分会内でさえ、秘密裏に論議しており、原告がこれを吹聴することはあり得ない。原告が富貫に根抵当権について話したのは、すでに本件分会がこの問題に関して被告に団体交渉を申入れた後のことであり、発言内容も債務額を特定できないので、団体交渉でそれを明らかにしたいというものにすぎない。このように右発言は、決して一〇九億円の根抵当権が設定されていると断定したものでないし、ましてそのことを内外に吹聴したものでもなかったのであるから、そもそも何らの解雇事由となるものではない。本来、学校法人の財務状況は労働組合に開示すべきものであることはもちろん、債務も、不動産登記は一般の誰もが閲覧できるもので、根抵当権が設定されて登記されていることは何ら秘密でもなく、まして同一の学校法人の教員の質問に答えて、その内容を教えたからといって、何ら問題とされる余地はない。被告は、経理公開を求める本件分会の活動を妨害するため、原告の発言をねじ曲げて利用したにすぎない。

3  争点2について

(一) 原告の主張

(1) 生徒に採点に関与をさせたのは、将来幼稚園の先生になりたがっていた生徒の希望をかなえてやるために教育的配慮から下調べを許したからに過ぎない。被告における単位認定は、学習意欲や学力が不十分な生徒が多いことから、レポート、宿題の提出及び授業態度などの平常成績をも考慮してなされており、試験の点数は必ずしも重要視されていない。

生徒に答案を預けていた時間は約一〇分であり、その間に生徒が採点したのは約一〇人分であった。

(2) 現実には被告は試験を全部無効にしたのではなく、単位認定の資料として利用している。すなわち、被告は、一、二学期の成績の平均点と本件試験の点数(仮採点)を比較して、いずれか点数の高い方を三学期末の素点とした上で、平常点を加味して三学期末の評価を行った。プライバシーについては、原告が採点をさせた三名の生徒は卒業間際であったこと、真面目で原告との間に信頼関係があったこと、受験者と姉妹関係はなかったことに照らし、侵害の危険性は皆無であった。また、原告が採点をさせたのは、信頼のできる誠実な生徒であり、答案の改ざんのおそれは具体的にはなく、抽象的なものしかあり得ず、原告の行為によって被告に何ら具体的な損害は生じていない。

(3) 本件解雇と、被告における他の処分事例を比較すると、その不均衡は次のとおり明かである。

平成七年度において生徒の一人が手芸科目で作品を提出していないのに手芸担当教師のミスで提出扱いになっていたため、生徒が補講を受講する機会を逸し、単位が不認定となったが、担当教師は、校長に口頭で注意されたのみで就業規則上の処分はなされなかった。

平成七年度、水谷善恵教諭(以下「水谷」という)は、三年生の生徒三名から前年度の単位不認定科目の追認試験受験の機会を奪い、一名が留年、二名が卒業延期となったが、水谷は何ら処分を受けなかった。

被告は、平成九年六月に、本件分会員である奥村光延教諭(以下「奥村」という)が生徒(以下「生徒K」という)に対する差別的な発言をしたとして、生徒Kの出身中学からの抗議があったとの根拠のない事実に基づいて奥村に始末書を提出させたうえ、担任や授業から外し、同年一〇月の職員会議で右始末書の回覧に及び、さらに訓戒処分に伏したが、その後、生徒Kの担任を奥村から引き継いだ松尾三郎教諭(以下「松尾」という)が、平成一〇年三月に生徒Kの家庭一般及び情報処理の試験の結果を改ざんして、生徒Kを進級させたという問題(以下「点数水増し問題」という)を起こしたにもかかわらず、松尾は奥村と同じ訓戒処分に付されたにすぎない。

(4) 高等学校の教員免許を有しない教員に長尾谷高等学校の教諭として勤務させたり、学期終了後に留年者を減らすために単位認定基準を変えるなど、教育の本質を見失った被告に、原告の教師としての適格を指摘する資格はない。被告は、専修学校の教員である原告に対して普通高校としては何の援助も指導もせず、解雇後になって原告の出題や採点を非難しているものである。

(6) 原告は、生徒に採点させたことについて、被告から指摘を受けた当初から軽率な行動をしたことを率直に反省し、素直に詫びて、まずは生徒に累が及ばないように懇請した上で、自らに対する処分についても解雇以外の処分なら甘んじて受けることを表明した。

(7) 以上のとおり、本件解雇事由(一)は、それが教育的配慮からなされたものであること、現実に被告に損害が生じていないこと、他の処分事例と比較しても不均衡であること、被告自身教育の本質を見失っているのに原告を非難する資格がないこと、原告自身、謝罪し、反省していることを考慮すれば、これをもって解雇に値するような「勤務状態が著しく不良」とはいえず、本件解雇は解雇権の濫用にあたる無効なものである。

(二) 被告の主張

(1) 試験の採点は、教師の責任において厳正かつ公正に行うべきものであり、受験者のプライバシーを保護する意味で生徒の目に触れないよう、職員室で行うべきである。原告の行為は、教師の右基本的責務を軽視するものであり、重大な義務違反である。

しかも、本件の試験は三学期末単位認定という一年間の教育成果を問うものであり、その結果は進級・進学にも大きな影響があるという極めて重要なものである。

(2) 被告は、原告が、内外に被告に一〇九億円もの債務があるかのような無責任な吹聴をしたことによってその名誉を毀損され、社会的信用を著しく失墜させたばかりか、事業運営に多大な悪影響を及ぼした。

(3) 右のような解雇事由があったため、このまま原告を教師として雇用していては被告の円満な事業継続ができないために本件解雇を行ったのであり、社会通念上相当なものとして有効である。

(4) 点数水増し問題は、そもそも背景事情等が異なるし、本件解雇後の事例であるから、本件解雇との間の均衡を問題とすることは不適切である。

4  争点3について

(一) 原告の主張

本件分会は、被告における教職員に対する労働条件及び生徒に対する教育条件の改善を目指して組合活動をしてきた。被告は、学校法人として法律上、経理公開の義務があるにもかかわらず(私立学校法四七条)、本件組合の経理公開の要求に応じず、右要求を嫌悪してきた。被告が原告の根抵当権に関する発言を取り上げるのはこのような要求を封じこめるためであり、本件解雇も、本件組合による労働条件及び教育上件の改善を求める活動を嫌い、その中心人物である原告を根抵当権問題を契機に攻撃し、採点問題を奇貨として原告を本件学校から排除し、組合の影響力を弱体化することを目的としてなされた不当労働行為である。

(1) 分会結成直後

本件分会結成直後の平成五年三月二一日、被告の理事長・校長らは、初代分会長の安部俊吾教諭(以下「安部」という)を校長室に呼び出し、組合活動をやめるか退職するかの選択を暗に迫る発言をし、同日、安部の後、当時の会計担当をしていた奥村を同様に呼び出し、同様の発言をした。また、同日か翌日、被告の意向を受けた橋本市会議員から奥村に対し、叔母と一緒に自宅に来るようにとの連絡があり、約一時間にわたり、奥村は労働組合結成に至るいきさつについて尋ねられた。さらに本件学校の生徒指導部長をしていた大野美佐子教諭(以下「大野」という)から、非組合員に対して「あなた、組合に入ったらお嫁にいけない」との発言があり、管理職ぐるみの組合加入妨害工作がなされた。

平成五年三月一一日、理事長は、本件組合の立石泰雄事務局長に対し、「前の学校で組合つくって学校をつぶしたそうやな」という趣旨の発言をし、本件組合に対する偏見と敵意をあらわにした。

(2) 団体交渉

平成五年に実施された本件分会と被告との団体交渉は、合計七回あるが、正当な理由もなく、理事長は一度も出席せず、かつ賃金について不誠実な回答が続くなど、実質的には団体交渉を拒否したに等しいものであった。

平成六年三月一五日、被告に提出した分会長名(当時は原告が分会長)の春闘要求書の内容に対し、回答指定日になって「理事長・校長名の次に『殿』の文字が欠落しているので要求書は受け取れない」と主張し、些細なミスを大げさに騒ぎ立てて、要求書の受領さえも拒否した。本件分会は、被告に対し、分会長名で、『殿』の文字が欠落していたことを謝罪するとともに、そのことを要求書受領の拒否理由とすることは相当ではないと抗議をしたが、被告は抗議の書面の受領も拒否した。さらに要求書に対する回答も一応賃金体系表を作成したものの、実際の提示額は必ずしもそのとおりではなく、大きくこれを下回る組合員もいるという不誠実な内容であった。また、同月三〇日の合同職員会議において、原告が「校務分掌の決定について職員の意見を聴取する約束ではなかったですか」との発言をしたが、被告は全くこれを無視した。

(3) 根抵当権問題

平成六年六月、本件分会は、本件組合の方針として被告に対し経理公開を求めるべく、団体交渉の準備をすすめていた。被告は、その取り組みを嫌悪し、元組合員であった近畿情報高等専修学校の富貫を通じて、本件組合の取り組み内容を原告から聞き出そうとした。原告は、富貫に対し、根抵当権の極度額は一〇九億円であるが、債務額は分からないと言っただけである。

原告の富貫に対する発言に関し、六月一五日の放課後、被告の理事長、校長、主事らは原告を詰問し、理事長は、同月一六日の職員朝礼において「原告は、学校に一〇九億円もの借金があるという嘘を内外に言いふらしている」と決め付け、原告を一方的に非難した。これは、本件組合が経理公開問題に取り組んでいるのを妨害するため、被告が意図的に騒ぎ立てたものであるが、被告は、その後も原告に執勘に謝罪を要求し、さらに処分を匂わせて、原告と本件組合の組合活動に対する牽制策としたのであった。根抵当権問題後、被告は平成七年度の学級担任から原告を外すという差別待遇をするようになった

(4) 平成七年の春闘

平成七年三月二七日午後六時頃、原告より校長に対し、電話で春闘の回答はいつになるかと問い合わせたところ、校長は、「要求書は読んでいない。回答は遅れる(入学式が終わって一段落してから)。忙しいのに(返事の)文章を書いている暇などない。あんたはだんご理屈ばかり言うから嫌いや」と、嫌悪の感情を露骨に示した。結局、同年四月二四日になってやっと回答がなされたが、その内容は、「検討中」とする部分が多数を占める不誠実なものであった。

同年三月三〇日、合同職員会議において、事前に何の相談もなく、突然に、専任教諭であり、長い間担任を務めてきた原告は担任から外された。これは、被告が原告の組合活動を嫌悪して行った不利益待遇である。

(5) 根抵当権問題顛末書

平成七年一二月二〇日、被告の校長及び副校長は、原告に対し、根抵当権発言に関して「顛末書」を書くように要求した。同月二三日、本件組合から被告に対し、文書により「顛末書は書くつもりはないが、大私教として経過説明をする用意はあるので日時・場所を指定していただきたい」旨を通知し、その回答を求めたが、被告からは何らの連絡もなされなかった。

(6) 本件解雇後の不当労働行為

平成八年一〇月一日、職員朝礼において、理事長は、分会ニュースに対して、「このビラ配るのに許可ちゃんと受けたんか。配ったん誰や」と大声で怒鳴った。その後、組合員の数名が校長室に呼び出され、「職員室でこんなんを配るときは事前に許可を受けて内容を確認してもらってからにしろ。回収してもらいたい」と要求し、正当な組合活動に介入し、妨害した。さらに、原告の裁判傍聴のため、組合員が有給休暇を取得しようとしたことについても同学年で二人も抜けては困るとの理由で、取得できない組合員が出た。

平成九年二月一日、校長らは、分会員全員に対し、大阪高等裁判所に提出した陳述書について、事実と異なることが書かれているから尋ねたい、一人ひとりの真意を聞きたいと全員を呼び出した。同月一四日にも、分会員全員が呼び出されて、校長室で、理事長、校長、海田昭副校長(以下「海田」という)、八木義明教頭(以下「八木」という)及び田中将義教頭(以下「田中」という)が立ち会う場で、田中から、「今後先生方の行いを厳しくチェックさせてもらいます」「宣戦布告やな」との発言をし、組合活動をあからさまに敵視するとともに、海田は、入学試験の面接係を担当から分会員を外した。

平成九年二月三日ころ、被告は、非組合員のみに対し、裁判所に提出する陳述書への署名押印を求め、組合活動に対する不当な干渉をした。

平成九年六月二三日の昼過ぎころ、校長が分会副委員長である安部の両親を訪問し、本件分会からの脱退勧奨をした。

(二) 被告の主張

被告が原告及び本件分会に対し、不当労働行為を行ったとの事実は否認する。本件解雇も、不当労働行為にあたらず、有効である。

四  争点に対する当裁判所の判断

1  争点1(一)について

(一) (証拠略)及び原告本人によれば、次の事実が認められる。

(1) 平成八年二月二七日の午後二時ころ、本件学校の三年生の生徒であり、二日後に卒業予定であった坂井なおみ、紙谷千絵及び記虎寿恵(以下、この三名を「生徒ら」といい、個別には氏のみで特定する)の三名の生徒らが、三年五組の教室(一〇二教室)で学級費の残金を清算して返還するための作業をしていたところ、原告がその教室の前を通りかかったため、四名で雑談を始めた。原告は、同日午前九時五〇分に終了した、自らの担当科目である本件学校及び長尾谷高等学校一年生の世界史Aの三学期学年末考査(以下「本件試験」という)の採点作業をしつつ生徒らと雑談をしていたが、午後三時ころ、校内放送で呼び出された。

原告は、講堂の掃除で呼び出されたことが分かったので、生徒らに対し、掃除を手伝ってくれるか尋ねたが、生徒らが返事を渋ったため、掃除は自らが行くこととし、代わりに本件試験の答案の採点を生徒に依頼した。原告は、生徒らに本件試験の問題用紙、全クラス分の答案用紙(採点済みのものを含めて一五〇枚)及び模範解答例を交付し、採点要領を説明し、後で自分が点検することを告げた上で、一〇二教室を出て講堂に向かった。採点を任された生徒らは、坂井が採点を担当し、紙谷と記虎が採点が正しいか確認し、意見を述べたりしていた。

(2) 同日午後三時四七分ころ、一〇二教室の前を通りかかった水谷が生徒のみで答案を採点しているのを発見し、生徒らに注意したところ、生徒らは原告に依頼されて採点をしている旨申し述べた。原告が生徒らに採点を任せて一〇二教室を去ってから、右発見時までに少なくとも三〇分程度は経過していた。

水谷は、直接生徒らを止めることはせず、一〇三教室にいた教頭の田中、三年五組担任の西村らに状況を報告した。田中は、職員室にいる教務部長の八木に報告し、八木はさらに副校長である海田に報告し、八木と海田が一〇二教室へ向かった。他方、田中は、放送で原告を呼び出し、原告と一〇二号教室へ向かう途中、同じく一〇二教室へ向かう八木と海田に会い、海田において原告に厳重注意をし、原告は一〇二教室にある答案用紙をすべて回収した。

(3) 本件試験は、本件学校及び長尾谷高等学校の双方の単位認定試験であり、単位を認定するかどうかだけでなく、卒業後の進路決定に必要な各科目の調査書における五段階評定の基礎となるものであった。本件学校では、単位認定試験の素点を六五パーセント、平常点を三五パーセントの割合で評定をしていた。

原告が生徒に本件試験の答案を採点させるという事態を受け、被告は本件試験(解答は鉛筆で記入)を改ざんの可能性があるとして全体として無効とするが、本件試験で高得点を得た生徒に不利益にならないように、一学期と二学期の試験における素点の平均と、本件試験での得点を比較し、高い方を三学期学年末考査における素点とする措置をとった。

(二) 以上の認定に対して、原告は、生徒から採点をさせて欲しいと依頼され、下調べとして許可した旨主張し、それに沿う供述もするが、右供述は平成八年三月二日に、原告が右採点について作成して田中に提出した報告書(書証略)を含む前掲各証拠の内容と矛盾し、たやすく信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

試験の採点は、教師として重要かつ基本的な職務であり、本件試験が単位認定のみならず、卒業後の進路決定に必要な各科目の調査書における五段階評定の基礎となる重要なものであることに鑑みれば、本件試験の採点を生徒に行わせるという原告の行為は、教師として重大な義務違反行為といえる。従って、少なくとも、本件解雇事由(一)は、就業規則三一条二号に該当するといわざるを得ない。

2  争点1(二)について

(一) (書証略)及び原告本人によれば、次の事実が認められる。

原告は、平成六年六月一二日午前中、自らが顧問をする卓球部が出場する卓球大会の予選会場において、被告が設置する近畿情報高等専修学校の卓球部顧問であった富貫と会った。原告は、富貫が本件組合の近畿情報高等専修学校分会の分会員であると誤解し、同人に対し、被告所有の不動産に極度額一〇九億円の根抵当権が設定されていること、被告が一日のうちに一億五〇〇〇万円の借り入れを四回も行っていることもあること、本件分会として被告の借入の真相を明らかにするための団体交渉を行う予定であることを話した。現実には、被告所有不動産に設定されていた当時の根抵当権の極度額は約二二億円、抵当権の被担保債権額が三億円程度であったが、原告は、根抵当権の極度額や共同担保についての法律的な知識が不足していたために一〇九億円の抵当権が設定されており、五〇億円程度は返済していると誤解していた。

富貫は、一二日に原告から根抵当権について聞いた後、誰にもその件について話をしないまま、同月一五日、根抵当権の件について理事長に電話をしたところ、理事長は債務の額は二五億円である旨回答し、富貫は、原告との会話の内容を理事長に報告した。理事長は、同日夕方、根抵当権の件について原告を呼び出して詰問した。

(二) このように原告は、被告がその所有不動産に一〇九億円の抵当権を設定していると誤解し、その誤解に基づいて富貫にその旨話したものであるが、他方、原告は同時に団体交渉によって真相を明らかにしたいと述べているのであるから、必ずしも被告が経済的に破綻していると断定する趣旨の発言を行ったものとはいえない。そして、富貫以外の人物に伝播することで被告の信用等が毀損され、職員の間に混乱が生じたとの事実についてはこれを認めるに足りる証拠はない。従って、右認定によれば、原告の根抵当権に関する発言は、被告の名誉、信用を傷つけたものとはいえず、また被告の内部事情をみだりに外部に公表、漏洩したものとはいえない。

3  争点2について

(一) 原告は、採点は生徒から頼まれて教育的配慮からさせたものであること、答案を預けていた時間も一〇分程度で生徒が採点した枚数も一〇枚程度であること、採点をさせた生徒が信頼できる者達だったので改ざんのおそれはなかった旨主張する。

しかし、生徒から頼まれて採点をさせたもので、その時間も一〇分程度であるという原告の弁解は前記認定の事実に反し採用できないところである。また、本件試験が本件学校及び長尾谷高等学校における単位認定のためのものであり、評定においても試験の素点が六五パーセントを占め生徒の将来の進路にも影響のある重要なものであること、試験の結果が受験した生徒のプライバシーに関わるものであることからすると、原告の行為は右のような教師としての基本的な責務を放棄する重大なものである。原告は、自ら頼んで採点させながら生徒から頼まれたなどと弁解しているのであるが、このような態度からすると、原告は、その行為の重大性を認識しないものといわざるを得ず、本人尋問における反省の弁も必ずしも信用することができない。

(二) 原告は、被告は本件試験を無効としていないし、改ざんのおそれも抽象的にしかなかったのであるから、被告に何ら具体的な損害が生じていないとも主張する。

しかし、原告が採点をさせた生徒が信頼できる生徒であったかはともかく、被告は現実に本件試験を無効とした上で、その年度の一年生の三学期の成績について、生徒らの不利益にならないように一学期及び二学期の素点の平均と、本件試験の素点の高い方を三学期の素点とするという特別の処理をしたのであり、本件試験の答案用紙が鉛筆で記入されていて、採点をした生徒による改ざんの有無を確認する有効な手段がないことを考慮すれば、被告が右のような措置をとったことにはそれなりの合理性があったというべきである。したがって、原告の行為によって何ら具体的な損害がないとの主張も採用することができない。

(三) 原告は、本件解雇と被告における他の処分事例との不均衡を主張するので、この点について検討する。

(1) (証拠略)によれば、平成七年度の三年生の手芸科目で一学期中に提出すべき作品を提出しなかった生徒がおり、二学期になっても提出しなかったため、単位不認定となった。三学期には担当教師である成末陽子が補講以外に個人的な指導もし、作品を完成させた上で追認試験を受験させ、結局は単位が認定され、卒業したことが認められる。

また、(証拠略)によれば、平成七年度一学期の追認試験の結果、三名の生徒が不認定教科を残したが、一学期追認試験のレポート提出の指導に従わなかったために二学期の追認試験の受験資格を失った生徒が二名、追認試験を受験しても合格の見込みがないので、そもそも受験しなかった生徒が一名いたが、いずれの生徒も、最終的には本件学校を卒業したことが認められる。

右のとおりであるから、いずれもその担当教諭に就業規則による処分がなされなければ原告に対する本件解雇と不均衡となるほどの事例ではないことは明かであり、この点に関する原告の主張には理由がない。

(2) (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

平成九年六月、奥村は、担任を務めるクラスの韓国籍の生徒Kに対し、韓国と日本とでは生活習慣が異なるので、日本の生活習慣を知らなければならない、韓国の親の教育は甘いといった内容の発言をした。また、奥村は、生徒Kのある科目の一学期の成績を転記ミスにより、実際の成績より低く通知票に記載し、生徒Kの申出にもかかわらず、二学期になっても訂正しなかった。右のような発言や対応により、生徒Kは奥村から韓国人であることを理由として差別されていると感じるようになり、本件学校に登校しないことが多くなった。生徒Kは、出身中学である生野中学に差別されていると感じていることを相談に行き、生野中学から本件学校に対し、右問題について電話での申入れがあった。平成九年一〇月三日の職員会議で生徒Kの担任が奥村から松尾への変更が承認され、被告は、業務指示により奥村に生活指導等を命じた。奥村は、差別発言に関して、被告から訓戒処分を受け、一〇月一三日付で始末書を提出した。

平成一〇年三月、生徒Kの平成九年度三学期の学年判定会議に提出される成績のうち、家庭一般及び情報処理の二科目について、担任の松尾が試験で白紙答案を提出した〇点のものを単位が認定できる点数に改ざんしていたことが発覚し、本件学校の全教職員が参加する職員会議で松尾の処分について議論がなされた。職員会議では二時間半くらいにわたって議論がなされたが、奥村の差別問題に端を発して生徒Kの不登校が増え、成績が足りずに退学ということになれば、本件学校に対する批判が強まることを懸念して、生徒Kを立ち直らせるために松尾が改ざんをしたという背景事情があるので、点数の改ざんという重大な行為であるにも関わらず、訓戒という寛大な処分に留めるべきであるとの意見が大勢を占めた。職員会議に参加していた本件分会員の教員も、理事長から意見を求められ、松尾が責任をとって辞めるのではなく、引き続き生徒Kの担任として生徒Kを立ち直らせるために努力するのが妥当であるという意見を述べ、結局、全員一致の意見で松尾を訓戒処分にするのが相当であるとの結論となった。

右認定事実によれば、松尾に対する処分は、生徒の点数の改ざんという重大な行為であったにも関わらず、別の教諭である奥村の引き起こした韓国人差別問題という背景事情があり、同僚教師としても強く非難することはできないとして訓戒処分にとどまったといえるのであり、そのような背景事情もなく、単に生徒に答案を採点させた原告が解雇された場合と同列に論じることはできない。しかも、松尾に対する訓戒処分は、本件解雇後一年あまり経過したのちになされた処分であるから、直接的な比較対象としては不適切である。

(四) 原告は、高等学校の教員免許を有しない教員に長尾谷高等学校の教諭として勤務させたり、学期終了後に留年者を減らすために単位認定基準を変えるなど、教育の本質を見失った被告に、原告の教師としての適格を指摘する資格はないとも主張するが、仮に被告に右のような事情が認められ、それが不適切であるという評価を受けうるとしても、何ら原告が単位認定試験を生徒に採点させたことを正当化することにはならないことは明かであるから、本件解雇の相当性の判断に影響を及ぼすものではない。

(五) 以上のとおり、原告が主張する事実は、いずれも解雇権の濫用を基礎付ける事実とは言い難い。本件試験が、生徒にとって極めて重要なものであることは前述のとおりであり、このような重要な試験の答案を厳正・中立に採点することは、教師としての最も基本的かつ重要な責務であるから、原告が、生徒に本件試験の答案を交付して原告の監視のない状態で採点をさせた行為は、極めて重大な義務違反行為である。してみれば、本件解雇の事由として掲げられている本件解雇事由(二)についてはこれを認めることができないものの、本件解雇事由(一)のみをもってしても、これを理由としてなされた本件解雇が、著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないとはいえず、解雇権の濫用にはあたらない。

4  争点4について

原告は、本件解雇が本件分会を嫌悪し、不当労働行為意思に基づいてされたものである旨主張するところ、本件学校において本件分会が結成されて以後、被告と本件分会は必ずしも円滑な労使関係ではなく、被告は、本件分会の存在や組合活動を嫌悪する傾向にあったことが認められないではないが、そのことと本件解雇がそのような原告の組合活動に対する嫌悪の故になされたものであるかどうかは別であり、生徒に単位認定試験の採点をさせるという原告の解雇事由の重大性に鑑みれば、原告が組合活動をしない教員であれば解雇がなされなかったであろうと認めることはできず、結局、本件解雇における被告の不当労働行為意思を認めることはできないというべきである。

第三結論

以上の次第であるから、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官 和田健)

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